2014年10月04日

≪ 屈辱に耐えてこそ ≫


土を巻(ま)いて重ねて来たれば、未だ知るべからざる。 [唐詩選](杜牧(とぼく)・題鳥江亭)

失敗したのちに再挙することを意味する「捲土重来(けんどちょうらい)」の語源となった句。

楚王項羽が、漢王劉邦と天下の覇権をかけた垓下(がいか)の一戦に敗れたとき、鳥江(うこう)の亭長(ていちょう)は舟を用意して彼を待ち江東の地に逃れるように勧めた。しかし項羽は、「私とともに国を出て戦った江東の子弟八千人は、いまやひとりの帰る者もいない。なんの面目あって父兄に顔が合わせられよう」と答えて自決した。

作者は、ゆかりの鳥江亭にこの詩をしるして、項羽の短慮を惜しんだのである。勝敗ハ兵家モ事期(ことき)セズ(予測できない)。羞(はじ)ヲ包恥ヲ忍ブハ是(こ)レ男児。江東ノ子弟才俊多シ  いったんは雌伏(しふく)して力をたくわえ土けむりを巻きあげる勢いで出直したなら、最後の結果はどうなったかわからぬではないか。

項羽の悲壮な最期は、後世の限りない同情を呼んだ。いかにも王者らしい責任の取り方だと、ほめそやす者も少なくない。

だが、項羽を見限って漢軍にくらがえした名将韓信(かんしん)は、項羽の部下に対する愛情を ”婦女子の仁”だと言って批判する。杜牧の考えもこれに近い。屈辱に耐えて敗北を勝利に転化させることこそ、兵家の道だというのである。
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2014年10月02日

≪ 「天は意地悪、乗せられるな ≫


分にあらざるの福、ゆえなきの獲は、造物(ぞうぶつ)の釣餌(ちょうじ)にあらざれば、すなわち人生の機阱(きせい)なり。このところ着眼高からざれば、彼の術中に堕ちざること鮮(すくな)し。  [菜根譚]

自分に不相応な幸運や、正当な理由のない授かりものは、天が自分を誘惑するための餌であるか、さもなければ人が自分を陥れるためのワナかもしれない。ここのところをよく見きわめておかないと、彼らの術策にかかって、ひどいめにあいかねない。

「造物の釣餌」という発想はおもしろい。こんなうまいことがあるはずはないと、ほっぺたをつねるようなときは、よくよく心を引きしめたほうがよい。幸運に浮かれて上っ調子になるのはつまずきのもと、「天」もけっこう意地悪である。

困るのは、そうした幸運を、自分の実力や努力の正当な報いだとうぬぼれがちなことである。そのうぬぼれが、天の怒りでなければ周囲の人のねたみ、そねみを招いて、得意の絶頂から引きずりおろされるのだ。



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2014年09月29日

≪ バランスに留意する ≫


善(よ)く生を養う者は羊を牧するが若(ごと)く然り。その後(おく)るるものを視(み)てこれを鞭(むちう)つ。   [老子・荘子] (達生篇)

「養生」 生を養うというのは、与えられた生命を全うすることである。わかりやすくいえば、長生きの秘訣と言ってもよい。それは、羊を飼うときの要領と同じなのだという。羊を飼うときは、つねに群れをまとめていくことに気をつかわなければならない。そのためには、どうすればよいか。

群れからはぐれそうな羊に鞭をくれれば、うまく群れをまとめていくことができる。健康を維持して生を全うするコツも、これと同じなのだという。ここで言わんとしているのは、全体の調和を考える、つねにバランスに留意するということにほかならない。

逆に言えば、片寄ってはいけない、ハメをはずしてはならない。ということ。たとえば、近頃騒がれている心と体のバランス。われわれ現代人は、潮流の激しい社会の中で、さまざまなストレスにさらされながら生活している。

そういうなかでは、どうしても心にひずみが生じ、そのひずみが体の面にも波及して体調までくずしてしまう。だから、体長を維持するためには、心の健康管理に留意してバランスを回復する必要がある。

荘子の言う「羊を牧するが若し」とは、そういうことであろう。


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2014年09月26日

≪ 男女七歳にして席を同じうせず ≫


七年にして、男女席を同じうせず、食を共にせず。八年にして、門戸を出入し、及び席に即(つ)き飲食するに、必ず長者に後(おく)る。始めてこれに譲るを教う。  [大学・中庸]

「男女七歳にして席を同じうせず」という有名なことばの出典がこれである。ただし、「席」というのは、むしろ という意味であるから、同じ むしろ に坐らせないということ。また「食を共にせず」というのは、同じ器からから食べ物をとらせないということ。

儒教は、「夫婦別あり」ということをきびしく言う。それを子供のころから教えこむということであろう。さらに「八年にして」以下の部分は、家や部屋に出入りするとき、席につくとき、飲食するとき、目上の者に先を譲ることを教えるというのである。

つまりは「長幼序あり」のケジメであって、これもまた、きわめて基本的な礼である。「席を同じうせず」のほうはともかくとして、「譲るを教う」のほうは現代でも意味を失っていない。やはりこういう基本的な礼というのは子供のころからしっかりとしつけるべきなのかもしれない。

現代の私どもはそういう点について、あまりにも無頓着なように思われる。

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2014年09月22日

≪ 富か地位かとなったら富だ ≫


富は上たり、貴は之に次ぐ。   [史記]

富を取るか地位を選ぶか。両方を同時に取れれば、これにこしたことはないが、実際は選択を迫られることがある。むしろ、人生の岐路においてしばしばある、といえるかもしれない。

これに対する答えを「冨が上、地位はその次」と明快にいった言葉だ。地位はまだ名誉と置き換えてもいい。簡潔だが、無難で、実際的な格言かもしれない。

まず、生活が基本だ。生活が築けないで、へたに地位など得ては、むしろ苦しみのもとになる。あるいは恥を多くかくもとといえるかもしれない。

カネ、カネ、カネとなれば、これはじつに重っくるしく、人生はカネだけではないと言いたい人もいるが、ここではそれほど凝りかたまるというのではなく、あくまでも、どちらかを選ばなければならず、そして自分でも迷って答えが出せないときのアドバイスにすぎない。

「黄直(こうちょく)は男性で、陳君夫(ちんくんふ)は女性であるが、この二人は馬のよしあしを見わけることで天下に名を知られた。斉(せい)の張仲(ちょうちゅう)と曲成侯(きょくせいこう)は剣術を学んで刺殺の名人になった。留長孺(りゅうちょうじゅ)は牛の鑑定で一家をなした」

かれらはまず生きる糧を得ることを選んで結果的に名もなした例としている。





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2014年09月19日

≪ 府中焼きと日本一の石灯籠 ≫


所用があり府中市へ行き、昼食に備後府中焼きを食べにいった。府中焼きのお店は38軒あるそうでその特徴として、府中焼きは、広島県東部備後地方の府中市で昔から愛され続けているお好み焼き。最大の特徴は中の”ミンチ肉。そば入りのお好み焼きは、ミンチの旨みと野菜が一緒になり、中はフワッ、外はミンチの旨みでカリッとした焼き上がり。香ばしいそばが旨い。

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食事中近くに、日本一の石灯籠があると聞き見物に行ってみた。金毘羅神社にある地上総高9m・笠石面積7.4uの石灯籠で日本一といわれているそうだ。

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2014年09月15日

≪ ヒマは自分でつくり出すもの ≫


つねに朝哺(ちょうほ)をもって事を聴き、その間、賓客(ひんかく)を接納(せつのう)し、飲食嬉戯(きざ)す。これに加うるに博奕(ばくえき)し、つねに人の歓を尽くし、事また廃せず。  [三国志]

いつも朝食をとりながら政務を処理し、あいまを見ては客を引見して談笑する  蜀の内政を担当した費禕(ひい)の日常の執務ぶりは、このようであったという。

かれは、諸葛亮に後事を託されたひとり。人並すぐれた判断力の持ち主で、書類を決裁するときは、さっと目をとおしただけで、内容をのみこんだ。そのスピードは人より数倍も速く、しかも、一度目をとおしたものは決して忘れなかったといわれる。

当時の蜀は戦時体制下にあり、公務は多忙をきわめていた。費禕は食事もゆっくりできないほどの激務をこなしながら、そのいっぽうで、ギャンブルに興ずるなど、人生を楽しむことも欠かさなかった。もちろん、そのために政務がおろそかになったことはない  表題のことばの後半は、こういう意味のことをいっている。

「仕事に追われてなかなか”ヒマ”ができない」とは、われわれがよく口にする嘆きである。しかし、”ヒマ"というのは自分でつくり出すもののようだ。むしろ多忙な人ほど、”ヒマ”をつくり出すすべを心得ているような気がしないでもない。

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2014年09月11日

≪ 忙しがり屋の無駄骨折り ≫


歳月もと長く、しかして忙し(せわ)しき者みずから促(せま)れりとす。天地もと寛(ひろ)く、しかしていやしき者みずからせばしとす。風花雪月もと間(しずか)。しかして労攘(ろうじょう)の者みずから冗(じょう)なりとなす。  [菜根譚]

歳月は本来長く続くものだ。それなのに忙しがり屋は、自分からこれを縮めて苦労している。天地は限りなく広いものだ。それなのに心の小さい者は、自分からこれを狭めて苦労している。

四季の自然の趣はまことにのどかなものだ。だがむだ骨折りが好きな者には、それをさえ楽しむゆとりがない。現代のサラリーマンには、ワーカホリック[働き中毒)にかかった人が少なくないという。

終始、仕事に追い回されているうちに、それがふつうの状態となって、たまに暇ができると時間をどう使ってよいかわからず、不安で仕方なくなるそうだ。

近頃はそれが子どもの世界にまで広がって、塾も、稽古ごとも、家族との外出ない日曜日は、何をしていいかわからないから嫌いだという子が多いとのこと。

いずれも周りに追い回されているうちに、自分は本当にどのように生きたいのかがわからなくなった悲劇である。価値ある人生を送るためには、まずみずからの姿勢を確立することが先決であろう。
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2014年09月07日

≪ 指導法 ≫


子曰く、「求(きゅう)や退(しりぞ)く、故(ゆえ)にこれを進む。由(ゆう)や人を兼(か)ぬ、故にこれを退く」。  [論語](先進)

あるとき子路が、「教えをうけたら、直ちに実行すべきでしょうか」とたずねると、孔子は、「父兄がいることだ。父兄に相談もせずに実行してはいけない」といった。

冉有(ぜんゆう)が同じ質問をしたとき、孔子は「すぐに実行に移しなさい」と言った。公西華(こうせいか)がそれを聞いていて、「由(ゆう)には父兄がいることだと答え、求(冉有)にはすぐに実行しなさいとお答えになりました。いったい先生の真意はどちらなのか腑におちません」とたずねた。

それに対する孔子の答えが、「求は人間が引っ込み思案だ、だから積極性をうながした。由は人の分までやろうとする。だから手綱を引きしめたのだよ」というのである。

指導法が一本調子では効果が薄い。それはわかっていても、人間にはどうしてもソリの合う合わないがある。ソリが合えばおのずと力がはいるが、そうでないとつい逆になる。

だが指導を受ける側の人間は、そういうことには敏感だ。できる部下がいないのではない。部下の個性や特長をつかみきれていないのではないかと、指導者はときには自分の胸にきいてみることが必要ではないか。



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2014年09月04日

≪ 他人に対して過大な期待をしない ≫


君子は、その能(よ)くする所の者を以って人を病(や)ましめず、人の能くせざる所の者を以って人をはずかしめず。  [大学・中庸] (礼記・表記)

君子は、自分ができるからといって、同じことを他人に期待して相手を苦しめるようなことはしない。また、相手ができないことを無理やり押しつけて、わざわざ恥をかかせるようなことはしないものだという。

これはとくに、部下を使う立場の人間にとっては、大事な心構えになるであろう。私どもは部下に対してよく「なんだ、こんなこともできないのか」などという。自分の能力に自信を持っている上司ほど、これを口にする。

言う本人は気持ちいいかもしれないが、言われる部下のほうはたまったものではない。へたをすると、妙な反抗心ばかり植えつけることにもなりかねない。そうならないためには、上司の側につぎのことが望まれる。

第一に、仕事を命ずるときは、相手の能力を見きわめ、無理なく消化できる範囲内で命ずる。

第二に、人間はだれでも長所と短所を併せ持っている。できれば短所には目をつぶり、長所を発揮できるようにしむけること。

ここで「礼記」が語っているのも、そういうことにほかならない。
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2014年08月30日

≪ 用舎行蔵(ようしゃこうぞう) ≫


子、顔淵(がんえん)に謂(い)いて曰(いわ)く、「これを用うれば行ない、これを舎(す)つれば蔵(かく)る。ただ、われとなんじとこれあるかな」。子路(しろ)曰く、「子三軍を行なわば、たれとともにせん」。子曰く、「暴虎馮河(ぼうこひょうが)、死して悔いなき者は、われともにせず。必ずや事に臨みて懼(おそ)れ、謀(はか)りごとを好んで成す者なり」。  [論語](述而(じゅつじ))、

「いったん登用されれば全力を発揮するが、認められぬときはじっと静観している。これができるのは、わたしとおまえぐらいのものだろうね」と孔子は顔回にいった。

これを聞いて、子路はだまっていなかった。「それなら、もし先生が大国の総司令官になられたばあい、どんな人物を頼りにしますか」「素手で虎に立ち向かったり、歩いて黄河を渡るたぐいの命知らずはごめんだね。むしろ臆病なほど注意深く、成功率の高い周到な計画をたてる人間のほうが頼りになるよ」

三軍を率いる将に必要なのは勇気だが、それは懼れというものを知っている勇気であって、怖いもの知らずはただの変勇だという。

「用舎行蔵」という語は状況にいかに対応するかを決める際の、行動を示すものとして成語となっている。
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2014年08月28日

≪ 泣いて馬謖(ばしょく)を斬る ≫


亮(りょう)、馬謖をして諸軍を督(とく)して前に在り、郃(こう)と街亭に戦わしむ。謖、亮の節度に違(たが)い、挙動宜しきを失し、大いに郃の破るところとなる。亮、西県の千余家を抜きて、漢中に還り、謖を戮(りく)してもって衆に謝す。  [三国志]

諸葛亮が魏討伐にのり出したのは、建興6(228)年のこと。が、緒戦でいきなりつまずく。先鋒の指揮を命じた馬謖が、諸葛亮の指令にそむいて拙劣な陣を敷き、魏の名将張郃(ちょうこう)に大敗を喫したためである。

馬謖は、「才器、人に過ぎ、好みて軍計を論ず」といわれた俊英。諸葛亮はその才能を愛し、共に語り合うときは夜の更けるのも忘れるほどだったという。だが、いかに最愛の部下であるとはいえ、馬謖の責任は明らかである。

諸葛亮は、軍法に照らして馬謖を斬罪(ざんざい)に処し、全軍に詫びたのであった。「泣いて馬謖を斬る」の名言が生まれたくだりであり、後世、信賞必罰の例としてよく引きあいに出される。

現代でも、経営の神様といわれた経営者がこんなことをいっている。「いざというときに、かわいい部下のクビを切れるのが、真の経営者である」
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2014年08月27日

≪ 取ろうとするなら まず与えよ ≫


まさにこれをちぢめんと浴すれば、必ず姑(しばら)くこれを張る。まさにこれを弱めんと欲すれば、必ず姑くこれを強くす。まさにこれを去らんと欲すれば、必ず姑くこれに与(くみ)す。まさにこれを奪わんと欲すれば、必ず姑くこれに予(あた)う。

「縮めようとするなら、まず伸ばしてやる。弱めようとするなら、まず強くしてやる。追い出そうとするなら、まず味方に引き入れる。取ろうとするなら、まず与えてやる」マキアベリ顔負けのしたたかな策略。

「道」だとか「徳」だとか言いながら、一方でこういうマキアベリズムを説くところに、老子の端倪(たんげい)すべからざるところがある。しかも、二つの顔は矛盾しいるわけではない。老子は、戦国乱世の時代に、弱者の立場に身を置いて、厳しい現実を生き残るにはどうすればよいか、その方途を考える。そのためには、まず、「道」と一体化して「道」のもっている「徳」を身につける必要があるし、こういうマキアベリズムも必要なのだという。

マキアベリズムは換言すれば、政治性と言ってもよいという。単細胞的な頭をしていたのでは、乱世のなかを生き残ることができない。生き残るために二は、こういう政治性が必要とされる。



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2014年08月25日

≪ どんな場合でも主導権を握れ ≫


よく戦う者は、人を致して人に致されず  [孫子]

「戦上手は、どんな場合にも主導権を握っており、相手に引き回されることはない」

権力、金力、武力、なんにせよ、とにかく力を持った強者が主導権を握るのは当たり前だが、孫子の兵法は、力を持たぬ弱者でも主導権を握ることができると強調する。

[老子」に「女性は受け身の立場をとりながら男性を操縦する(牝(めす)は常に静をもって牡(おす)にかつ)とあるのも、これと共通した考え方である。

孫子はその手段として「示形(しけい)の術」をあげている。それは、相手の力、欲望、心理などを遠隔操作することにより、こちらの意のままにしてしまうのである。

近代に至ってこの原理を活用したのは、毛沢東で、彼が優勢な国民党軍との戦いであみだし、ついで、強力な日本軍を悩ました遊撃戦術は、劣勢でありながら主導権を奪いとる手段であった。かれは「逃げることも主導的立場を回復する有力な方法である」といっている。

孫子のこの言葉は、「主体性」の問題と解釈することもできる。どんな場合でも、主体性を失ってはならないというわけである。流行にひきずられ、情報にふりまわされ、人に「致され」てばかりいたら、どうなるか。自分を失ってはならない。

相手が上司だろうと、権威者だろうと、また苦手だろうと、こちらから「致して」よるがいい。



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2014年08月23日

≪ 謙虚・信念・慎重 ≫


人の悪を攻むるを須(もち)いず、己の善(ぜん)を伐(ほこ)るを須いず。之を行うときは則(すなわ)ち行う可(べ)く、之を巻くときは則ち巻く可し。禄厚ければ責めの大なるを憂い、言深ければ交わりの浅きを慮(おもんばか)る。     [唐詩選] 

職場における人づきあいの心得三カ条。

他人の欠点をとがめたり、自分の長所をひけらかしたりせず、常に謙虚な態度で人に接する。これがまず第一。

だからと言って、何事によらず他人に迎合するであってはならない。主張すべきことは堂々と主張し、容れられなければ潔く職を退くだけの強い信念の裏打ちが必要。これが第二。

第三には、慎重さ。地位が上がったらそれを鼻にかけるのではなく、責任の重さを自覚すること。また、うち割った話をしなければならぬときは、あいてがそれに値するだけの深い関係にあるかどうか、よく考えてからにせよ。

この三カ条を忘れずにいれば、子どもでも間違いなく成功するだろう、と寒山はいう。彼の経歴を語る詩をみると、役人として二代皇帝に仕え、結局うだつがあがらずに終わったということだが、その苦い体験が生んだ忠告として、坊主の説教などにはない説得力が感じられる。


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