2014年09月15日

≪ ヒマは自分でつくり出すもの ≫


つねに朝哺(ちょうほ)をもって事を聴き、その間、賓客(ひんかく)を接納(せつのう)し、飲食嬉戯(きざ)す。これに加うるに博奕(ばくえき)し、つねに人の歓を尽くし、事また廃せず。  [三国志]

いつも朝食をとりながら政務を処理し、あいまを見ては客を引見して談笑する  蜀の内政を担当した費禕(ひい)の日常の執務ぶりは、このようであったという。

かれは、諸葛亮に後事を託されたひとり。人並すぐれた判断力の持ち主で、書類を決裁するときは、さっと目をとおしただけで、内容をのみこんだ。そのスピードは人より数倍も速く、しかも、一度目をとおしたものは決して忘れなかったといわれる。

当時の蜀は戦時体制下にあり、公務は多忙をきわめていた。費禕は食事もゆっくりできないほどの激務をこなしながら、そのいっぽうで、ギャンブルに興ずるなど、人生を楽しむことも欠かさなかった。もちろん、そのために政務がおろそかになったことはない  表題のことばの後半は、こういう意味のことをいっている。

「仕事に追われてなかなか”ヒマ”ができない」とは、われわれがよく口にする嘆きである。しかし、”ヒマ"というのは自分でつくり出すもののようだ。むしろ多忙な人ほど、”ヒマ”をつくり出すすべを心得ているような気がしないでもない。

posted by 吉野山ユッキー at 20:03| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。