2014年09月07日

≪ 指導法 ≫


子曰く、「求(きゅう)や退(しりぞ)く、故(ゆえ)にこれを進む。由(ゆう)や人を兼(か)ぬ、故にこれを退く」。  [論語](先進)

あるとき子路が、「教えをうけたら、直ちに実行すべきでしょうか」とたずねると、孔子は、「父兄がいることだ。父兄に相談もせずに実行してはいけない」といった。

冉有(ぜんゆう)が同じ質問をしたとき、孔子は「すぐに実行に移しなさい」と言った。公西華(こうせいか)がそれを聞いていて、「由(ゆう)には父兄がいることだと答え、求(冉有)にはすぐに実行しなさいとお答えになりました。いったい先生の真意はどちらなのか腑におちません」とたずねた。

それに対する孔子の答えが、「求は人間が引っ込み思案だ、だから積極性をうながした。由は人の分までやろうとする。だから手綱を引きしめたのだよ」というのである。

指導法が一本調子では効果が薄い。それはわかっていても、人間にはどうしてもソリの合う合わないがある。ソリが合えばおのずと力がはいるが、そうでないとつい逆になる。

だが指導を受ける側の人間は、そういうことには敏感だ。できる部下がいないのではない。部下の個性や特長をつかみきれていないのではないかと、指導者はときには自分の胸にきいてみることが必要ではないか。



posted by 吉野山ユッキー at 19:04| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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