2014年08月27日

≪ 取ろうとするなら まず与えよ ≫


まさにこれをちぢめんと浴すれば、必ず姑(しばら)くこれを張る。まさにこれを弱めんと欲すれば、必ず姑くこれを強くす。まさにこれを去らんと欲すれば、必ず姑くこれに与(くみ)す。まさにこれを奪わんと欲すれば、必ず姑くこれに予(あた)う。

「縮めようとするなら、まず伸ばしてやる。弱めようとするなら、まず強くしてやる。追い出そうとするなら、まず味方に引き入れる。取ろうとするなら、まず与えてやる」マキアベリ顔負けのしたたかな策略。

「道」だとか「徳」だとか言いながら、一方でこういうマキアベリズムを説くところに、老子の端倪(たんげい)すべからざるところがある。しかも、二つの顔は矛盾しいるわけではない。老子は、戦国乱世の時代に、弱者の立場に身を置いて、厳しい現実を生き残るにはどうすればよいか、その方途を考える。そのためには、まず、「道」と一体化して「道」のもっている「徳」を身につける必要があるし、こういうマキアベリズムも必要なのだという。

マキアベリズムは換言すれば、政治性と言ってもよいという。単細胞的な頭をしていたのでは、乱世のなかを生き残ることができない。生き残るために二は、こういう政治性が必要とされる。



posted by 吉野山ユッキー at 18:12| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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