2014年10月29日

≪ 委(まか)せたからには思うままにやらせること ≫


将の能にして、君の御(ぎょ)せざる者は勝つ。  (孫子)

〈有能な将を任命したら、これを信頼し、細かく干渉してはならない〉

日露戦争にさいし満州軍総司令官に任ぜられた元帥大山巌は、智将児玉源太郎を参謀長に起用すると、作戦はすべて児玉にまかせた。

遼陽(りょうよう)の会戦のときなど、ロシア軍の砲弾が司令部の近くに落下するほどで、児玉以下、必死になって作戦を練っていたが、隣室で寝ていた大山は悠然と顔を出し、「今日も戦争がごわすか」といったという。児玉は思うぞんぶん力を発揮することができた。

神経質で、なんでも自分でやらなければ気がすまない上司の下では、部下はやる気を失ってしまう。委せた以上は思いきってやらせることだ。

これは決して放任″(まかせっきり)がよいということではない。大山巌は実は緻密な人間であり、もちろん大づなをつかんでいたのである。

いうまでもなく、現代社会のさまざまな組織は、きわめて複雑化かつ巨大化しており、それに見合った権限移譲、意思決定と執行、報告と点検といった組織運営の方法が、あらゆる角度から研究され、大きく進歩している。だが、委せてやらせるという昔ながらのこの簡単な原理は、なお生きている。
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2014年10月25日

≪ 人を動かすにはタイミングが大事である ≫


客、水を絶(わた)り来たらんとせば、これを水内に迎うるなかれ。半ば済(わた)らしめてこれを撃つが利なり。  [孫子]

孫子は行軍の心得について多くのことを論じており、たとえば地形に即して、かなり具体的に説いている。なかなか合理的で、なるほどと思わせはする、この心得は、なかなか含蓄がある。

〈敵が河を渡ってこようとしたならば、まだ水辺にいるあいだは知らぬ顔をしておいて、河の中ごろまで渡ってきたとき攻撃をかければ効果がある〉

原文の「水内」は水の中のことではなく、敵から見て河の手前、水ぎわである。この段階であわてて攻撃を開始してはならない。敵はまだ引き返すこともできる。それよりも河のなかほどまできたところで攻撃すれば、敵は身動きがとれない。

以上のことを逆にすると、人を動かすタイミングのことになる。つまり、人に何かさせようとするときは、敵を撃つ場合とは反対に、はじめるまえ(水ぎは)に十分な説明をしておくこと。やり始めたら(河の中ほど)、あまり口を出さないほうがいい。

はじめ、説明しないで途中でああだ、こうだといわれると、やりにくいものである。









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2014年10月22日

≪ 鶏には時をふかせろ猫には鼠をとらせろ ≫


それ物は宜しき所あり、材は施す所あり。各々その宜しきに処(お)る、故に上すなわち為すなし。鶏をして夜を司(つかさど)らしめ、狸(り)をして鼠を執(とら)えしめ、みなその能を用うれば、上すなわち事なし。   [韓非子]

物にも、それにふさわしい位置というものがあるように、人材にも、その人に適した場所というものがある。いわゆる適材適所だが、これが本当に行なわれれば、上にいる者はやることがなくなってしまう。そのくらい、万事がうまくいく、というわけだ。

つまり、鶏に夜の時を告げさせ、猫に鼠を捕らせるように、それぞれがもつ才能を発揮させることができること、これが理想。

ところが、なかなかそうはいかない。その原因はいろいろあるが、いちばん多いのは、上にいる者が、つい自分の能力をひけらかしてみたくなり、そのために仕事をうまくいかせなくさせてしまうこと。そんなことをすれば、下の者は、反感を抱いたり、やる気をなくしたりする。あげくは、上の者が下の者にだまされる結果となる。

上の者が何かをやって、下の者がそれを見ている、という本来とは逆の現象になる。やはり、下の者が仕事をして、上の者がそれを見ている、という上下関係が必要なのである。
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2014年10月17日

≪ 虎の威を借る狐 ≫


虎、獣の己を畏(おそ)れて走るを知らざる也。おもえらく狐を畏るる也と。

〈虎は獣たちが自分を恐れて逃げるのがわからない。狐を恐れているのだと思い込んだ〉

「虎の威を借る狐」の出典がこれである。あるとき楚の宣王が群臣にたずねた。「北方の諸国は昭奚恤(しょうけいじゅつ)を恐れているということだが、実際はどうなのだろうか」すると江一(こういつ)(江乙)がつぎのように答える。

「あるとき虎が狐を捕らえて食おうとすると、狐は、「自分は天帝から百獣の王の位を授けられている。私を食うのは天帝にそむくことになる。うそだと思うなら、自分が前を行くから、後からついてくるがよい。獣たちが、皆、恐れてにげるかどうか、よく見ておけ」と申しました。

虎を後ろに従えた狐が行くと、獣たちは、虎を恐れて一斉に逃げ散りましたが、虎は自分が恐れられているのがわからず、狐が恐れられていると思ったのでございます。
いま王様は楚国の五千里四方の国土、百万の兵力を、もっぱら昭奚恤に預けておられます。北方の諸国が昭奚恤を恐れているというのは、じつは王様の軍事力を恐れているのでございます」

江一はお伽話にことよせて、有力者への過度の権限・勢力の移譲によってトップの影が薄くなる危険をやんわりと警告したのである。





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2014年10月13日

≪ アイディアを無限に生みだす法 ≫


色は五に過ぎざるも、五色の変は勝(あ)げて観るべからず。味は五に過ぎざるも、五味の変は勝げてなむべからず。

〈色の基本は、黄・赤・青・白・黒の五しかないが、これを組み合わせると無限に変わった色が出せる。また、味の基本は、苦・甘・酸・辛(ひりがらい)・鹹(しおからい)の五つしかないが、これを組み合わせると、無限に変わった味を出せる〉

原文は、これにもう一つ加えて、音の組み合わせによる変化をあげている。当時の基本的な音階は宮・商・角・微・羽といったらしい。この五音を組み合わせると、やはり無限に変わった音が出せるというのである。似た例を並べてたたみこんでいく中国古典独特の論法である。

この兵法は、チームワークについても当てはまる。一人ひとりの能力を、うまく組み合わせることができれば、別々では思いもつかぬ新しい力を生み出すことができる。よきリーダーは,組み合わせでいろいろな味を作りだすベテランの料理人と同じである。

またこの兵法は、アイディを生み出す法としても使える。思いつきや閃きだけに頼っているのでは限度がある。平凡なこと、基本的なことをあれこれ組み合わせてみると、まったく新しいものを生み出すことがあるのである。


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2014年10月09日

≪ 鶏鳴狗盗(けいめいくとう) ≫


客によく狗盗(くとう)をなす者あり。秦の蔵中に入り、裘(きゅう)を取りてもって姫(き)に献ず。姫ために言いて釈(ゆる)さるるを得たり。  客によく鶏鳴をなす者あり。鶏ことごとく鳴く。ついに伝を発す。        [十八史略]

「鶏鳴狗盗」とは、鶏の鳴きまねしかできない者や、犬のようにして盗みを働く者のことである。こんな連中でも役にたつことがあるという故事。

斉の王族で名宰相ともうたわれる孟嘗君(もうしょうくん)は、人材を大事にし、食客数千人を抱えていたという。秦の昭王は、その賢人ぶりを聞き、猛嘗君を招いたうえで監禁し殺害をはかった。

身の危険を察知した孟嘗君は昭王の愛妾に人をやり、釈放に尽力してくれるよう頼んだ。愛妾は、孟嘗君の「狐白裘(こはくきゅう)」をくれれば・・・といった。それは狐の腋毛でつくったコートで、孟嘗君は王に土産として献上したため、もうてもとにはない。ところが随行してきた食客のなかにコソドロがいて、王宮の蔵に忍びこみ、狐白裘を盗みだして愛妾に贈った。

愛妾の尽力で釈放された孟嘗君の一行は、都を脱出して函谷関(かんこくかん)まできたが、夜中で関所の門がしまっていた。そこで鶏のまねのうまい男が鳴き、あたりの鶏がいっせいにときをつくった。

朝になったとかんちがいした門番が扉をあけたので、一行は無事に国境を超えることができた。


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2014年10月07日

≪ アメとムチは小人のために ≫


公、直道をもって独り立つ。時に邪説を挟みてもって進む者あり。公に面戯して曰く、君子は微を知り章を知り、柔を知り剛を知る。公、声に応じて答えて曰く、小人は不仁を恥じず、不義を畏(おそ)れず。

楊億(ようおく)は、その剛直さで一人きわだっていた。そんなかれとは正反対の人物が、ある時面とむかって楊億を皮肉った。「君子は、微を知るがゆえに顕を知り、柔を知るがゆえに剛を知る、といわれるが  」すると楊億は間髪を入れず、いいかえした。

「小人は不仁を恥じず、不義を畏れない、というな」楊億は、「易経」繋辞(けいじ)下伝にみえる一句をひいてからかったことに対して、同じ章からもってきて反撃したわけである。あとは、こうつづく。

「利を見ざれば勧まず、威(おど)さざれば懲りず。少し懲らして大いに誡(いまし)むるは、これ小人の福なり」利をもって誘わなければ 善に励もうとせず、罰をもっておどさなければ悪に懲りることもない。このような小人には、たとい少しでも罰を科して、厳重に訓戒する必要がある。

そのほうが小人のためにも幸福なのだ、というのである。
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2014年10月04日

≪ 屈辱に耐えてこそ ≫


土を巻(ま)いて重ねて来たれば、未だ知るべからざる。 [唐詩選](杜牧(とぼく)・題鳥江亭)

失敗したのちに再挙することを意味する「捲土重来(けんどちょうらい)」の語源となった句。

楚王項羽が、漢王劉邦と天下の覇権をかけた垓下(がいか)の一戦に敗れたとき、鳥江(うこう)の亭長(ていちょう)は舟を用意して彼を待ち江東の地に逃れるように勧めた。しかし項羽は、「私とともに国を出て戦った江東の子弟八千人は、いまやひとりの帰る者もいない。なんの面目あって父兄に顔が合わせられよう」と答えて自決した。

作者は、ゆかりの鳥江亭にこの詩をしるして、項羽の短慮を惜しんだのである。勝敗ハ兵家モ事期(ことき)セズ(予測できない)。羞(はじ)ヲ包恥ヲ忍ブハ是(こ)レ男児。江東ノ子弟才俊多シ  いったんは雌伏(しふく)して力をたくわえ土けむりを巻きあげる勢いで出直したなら、最後の結果はどうなったかわからぬではないか。

項羽の悲壮な最期は、後世の限りない同情を呼んだ。いかにも王者らしい責任の取り方だと、ほめそやす者も少なくない。

だが、項羽を見限って漢軍にくらがえした名将韓信(かんしん)は、項羽の部下に対する愛情を ”婦女子の仁”だと言って批判する。杜牧の考えもこれに近い。屈辱に耐えて敗北を勝利に転化させることこそ、兵家の道だというのである。
posted by 吉野山ユッキー at 11:04| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月02日

≪ 「天は意地悪、乗せられるな ≫


分にあらざるの福、ゆえなきの獲は、造物(ぞうぶつ)の釣餌(ちょうじ)にあらざれば、すなわち人生の機阱(きせい)なり。このところ着眼高からざれば、彼の術中に堕ちざること鮮(すくな)し。  [菜根譚]

自分に不相応な幸運や、正当な理由のない授かりものは、天が自分を誘惑するための餌であるか、さもなければ人が自分を陥れるためのワナかもしれない。ここのところをよく見きわめておかないと、彼らの術策にかかって、ひどいめにあいかねない。

「造物の釣餌」という発想はおもしろい。こんなうまいことがあるはずはないと、ほっぺたをつねるようなときは、よくよく心を引きしめたほうがよい。幸運に浮かれて上っ調子になるのはつまずきのもと、「天」もけっこう意地悪である。

困るのは、そうした幸運を、自分の実力や努力の正当な報いだとうぬぼれがちなことである。そのうぬぼれが、天の怒りでなければ周囲の人のねたみ、そねみを招いて、得意の絶頂から引きずりおろされるのだ。



posted by 吉野山ユッキー at 16:25| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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