2014年07月31日

≪ 来るものは拒まず、去るものは追わず ≫


その来たるや却(しりぞ)くべからず、その去るや止(とど)むべからざるなり。  [老子・荘子]

隠者の肩吾(けんご)が、賢者として評判の高い楚の国の孫叔敖(そんしゅくごう)という人物に、こんな質問をした。

「あなたは、三回も楚の宰相をつとめられたが、格別うれしそうな顔もされなかったし、その地位を去られても別に悲しそうな顔もされなかったとか。本当かなと思っていましたが、いまこうしてお会いしてみると、なるほど、いかにものんびりした顔をしておられる。いったい、どんな心構えで毎日を過ごしておられるのですか」

孫叔敖は、こう答えている。「吾(われ)、何を以ってか人に過ぎんや。吾以(おも)えらく、その来るや却(しりぞ)くべからず、その去るや止(とど)むべからざるなり、と。吾、得失の我にあらざるを以為(おも)いて憂色(ゆうしょく)なきのみ」

わたしはこれといって人様よりすぐれている点があるわけではない。ただ、私が思うに、地位や名声というのは、向こうからやってくるのを拒むことはできないし、逃げて行くのを無理に引きとめることもできない。だから、やって来ようが逃げて行こうが、自分にはかかわりないことだと思って、いっこうに気にしないのである。およそ、こんな意味になるであろう。

こういう生き方こそ理想なのだという。


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2014年07月28日

≪ 職に就く者の心得 ≫


道を行ない時を佐(たす)くるは須(すべか)らく命を待つべし、身を下位に委ぬるも恥と為す無かれ。命苟(いやし)くも未だ来たらずんばしばらく食を求む、官に卑高(ひこう)と遠邇(えんじ)と無し。 [唐詩選 「白居易・王夫子」]

就職は理想を実現するための手段である。そのことを前提として粘り強く生きよ、という勧告。知人の王某が県の属官となって赴任するのに与えた長詩の一節である。

男児たるものが学問を積んで官途(かんと)につくのは、一家の生計をたてる必要からなのはもちろんだが、より大きくは よき社会をつくるという理想のためである。

この理想を実現するには、時の運を待つ必要がある。それまではどんな下っぱの地位に置かれようと、恥ずかしがることは毛頭ない。

時が来るのを待つ間は、さしあたり食うために働く。そう割り切れば、地位の上下や任地の遠近など、気になることはない。白居易(はくきょい)はこう言って、さらにつぎのように語りかけている。

「私に言わせれば、役人の世界なんて、上から下までみんなそこそこに生きている連中ばかり、まちがっても短期を起こして飢え死になどしてはいけない。」



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2014年07月26日

≪ 恥なんかどんどん忘れよう ≫


小恥を悪(にく)む者は大功を立つること能わず。 [史記]

小さな恥を気にするな。小さな恥を気にしているようでは大きな功績をあげることはできない、という。男はしばし恥を気にする。「寿(いのちなが)ければ辱(はじ)多し」とさえいう。

辱をあげたらきりがない。だが、気にする辱はえてして小さい恥。そんな恥は忘れろ、という。

管仲(かんちゅう)は大きな恥をかいた。かれは桓公(かんこう)に矢を放って、その帯留に当てた。これは簒奪(さんだつ)を意味した。公子糾(きゅう)を見捨てた。これは卑怯者の恥だ。捕えられ罪人として手枷足枷をかけられたが、これで終わっていれば、単なる罪人だった。

しかし、かれはそうした恥を恥とせず、天下が治まらないことのほうを恥と考えたので生きることができ、やがて桓公を春秋五覇の筆頭におしあげる功績をあげることができた。

管仲がかいたほどの恥でも、大物はそれを克服して、大きなことをやる。小さな恥を忘れられないようでは何もできない。

われわれがくよくよするような恥は、決して大きな恥ではない。鉄面皮、こう呼ばれるぐらいの覚悟でそんな恥は忘れたい。



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2014年07月24日

≪ うまい話は警戒しよう ≫


遠くして戦いを挑む者は、人の進むを欲するなり。  [孫子]

〈敵が近づこうとせず、しかもしきりに挑発してくるのは、なにか狙いがあって、こちらを誘い出そうとしているのである〉

立場をかえてみれば、容易に理解できることである。相手をこちらへ招きよせたいというときは、いろいろなことをして、相手の気をひこうとする。うかうかその誘いに乗ったら大変である。

こういう敵にたいしては、念入りな偵察によって相手のほんとうの意図を察知するのが第一である。

それと同時に、こちらが、それに気をとられているということを、相手にさとられないようにしなければならない。挑発するのは、誘い出すためでなく、それにこちらの注意を集中させておいて、背後にまわって奇襲する作戦かこもしれないのである。

うまい話は警戒したほうがいい。これと似た観察法に、「敵が障害物のない平地などに布陣しているのは、こちらに有利とみせて誘い出そうとしているのである」という条項がある。
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2014年07月22日

≪ 「これだけはやらない」という歯止めが要る ≫


塗(みち)も由らざるところあり。  [孫子]

〈道は通るためのものだが、通ってはならない道もある〉わたしたちは、なにかをする場合に必ずしもいちいちよく考えてから動くとは限らない。

馴れ、習慣、あるいは惰性、常識のままに行動していることが多い。道があれば、それは当然通るべきものとして通ろうとする。ところが、それが危ないのだ、見直せ、と孫子はいう。

実はこのことばは、あとの「城も攻めざるところあり」など一連の道理を説くためのマクラなのであるが、独立してそれなりの説得力をもっている。

人間というものは、道が通れるとなると見境なく通ろうとするくせがある。歯止めが必要なのだ。経営者のなかには、うちの会社がやってはならないことは、こうこうだと決めている人がいる。

たしかに、企業は利益を目指すのが「道」だが、いくら儲かっても、やってならないことがあるはずだからである。

個人であれ組織であれ国であれ、歯止めがないと、道さえあれば突っ走りたくなる。






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2014年07月20日

≪ 君子の心得 ≫


瓜田(かでん)に靴を納(い)れず、李下に冠を正さず。 [漢詩名句集]

人から疑いをかけられるような言動をするな、という意味の成語として知られた句である。「君子の行(うた)」と題する作者不明の詩は全12句、前半では行動を慎重にしてあらぬ疑いを避けるべきことを、後半は謙譲の徳をたたえて、君子たる者の理想を述べる。

君子ハ未然ニ防ギ、嫌疑ノ間ニ処(お)ラズ ―― わざわいを未然に防ぎ、疑いのかかるような状況に身を置かないのが、君子の心得である。

瓜畑のなかでくつをはきなおしたり、李(すもも)の枝の下で冠をかぶりなおしたりしてはならない。弟が兄嫁に物を直接に手渡せば変な目で見られるし、年少者が年長者と肩を並べれば不遜のそしりはまぬがれない。

功労があってもたかぶらぬことこそ徳の根本である。だが才能をかくして周囲と同調することはとりわけむずかしい。

周公は貧しい者に対してもへりくだり、来客があれば食事も入浴も中断して会いに出るほど他人を大切にした。だからこそのちのちの世までも、聖賢と仰がれることになった。

つねに他人の目を意識してふるまうといえば、なにやら偽善的なくさみがつきまとう。それが無意識な行動様式に高められてはじめて、真の君子人といえたのである。





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2014年07月19日

≪ ごますりに囲まれて”裸の王様“になるな ≫


耳中常に耳に逆らうの言を聞き、、心中常に心に払(もと)るの事あれば、わずかにこれ徳に進み行いを修むるの砥石(しせき)なり。もし言々耳を悦(よろこ)ばし、事々心に快ければ、すなわち、この生を把(と)りて鴆毒(ちんどく)のうちに埋在(まいざい)せん。 [菜根譚]

耳に入るのは耳の痛い言葉ばかり、することなすこと思うようにいかないという状態の中でこそ、人間は磨かれる。耳に入るのは甘いお世辞ばかり、何事も思いのままという環境ならば、知らぬままに猛毒に侵されて一生を台なしにするだろう。

だが、困ったことに、口に苦い良薬は、できれば飲みたくないのが人情だ。とりわけ、高い地位にいる人ほど、その傾向がはなはだしい。そこで下の者としては、事実をありのままに報告して苦い顔をされるより、上の者が喜ぶような情報しか提供しないようになる。

こうして作られた”裸の王様“は、自分やその組織がおかれている状況についての客観的な認識がないままに、砂上の楼閣でご機嫌の毎日を過ごしている。そして破局は、ある日突然やってくる。

その場に臨んで「そんなことがあったのなら、なぜ言ってくれなかったのか」と部下を責めても手遅れ。耳に痛い情報をシャットアウトしていたのは、トップ自身だったのだから。

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2014年07月16日

≪ 人を見る眼に誤りはないか ≫


いわゆる忠なる者は不忠にして、いわゆる賢なる者は不賢なり。  [史記]

だれでも人の上にたてば、配下の者を自分に忠実で優秀な人材でかためようとする。

しかし、自分に忠実で優秀な人材でかためたつもりが、実際はそうでないことがある。会社、とりわけ銀行などの重要なポストにある者がしばしば新聞紙上を賑わす事件を起こすのは、それなりに上司の信頼を集めていたケースである。また、そうでなければ重要なポストにつくことはない。

これはきのうきょうのことではない。二千年以上も前の楚の国の話である。屈原(くつげん)は政治家にして詩人、しだいに朝廷で重きをなしていった。朝廷で重きをなすにつれ、これを妬む者が現れてきた。そして楚王に讒言(ざんげん)した。

「王は法令の草案をいつも屈原にさせていますが、そのため彼は、王のいないところでそれを誇り、草案はみんなおれが作っている、おれがいなければ王はなにもできない、と言いふらしています」これ以来、王は屈原を疎(うと)んじるようになった。

そのあげく、屈原の諫言(かんげん)を無視して身の破滅を招く結果となった。それというのも、讒言があったとき、どちらが本当に忠実で優秀な人材かを見わける眼がなかったからである。






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2014年07月15日

≪ 明鏡止水 ≫


鏡 明らかなれば塵垢(じんこう)止(とど)まらず、止まれば明らかならざるなり。  [老子・荘子] 

「きらきら光っている鏡は、ほこりを寄せつけない。ほこりがつけば光が失われる」

『荘子』にはさらに、「人は流水に鑑みるなくして、止水に鑑みる」という言葉がある。流水は人の姿を映し出さない。映し出してくれるのは「止水」、静止している水である。だから、自分の姿を見ようとするときは、流水ではなく止水を利用する、という。

この二つの言葉から、有名な「明鏡止水」という四字句が生まれた。辞典で「明鏡止水」を引いてみると、「(くもりのない鏡とすんだ水の意)心にわだかまりやくもりがないこと」と出ている。要するに、虚心とか無心の境地といった意味である。

人生には、なんどか重要な決断を下さないといけない場合がある。そんな時、徹底的に事情を調査することは勿論であるが、最後の段階では「明鏡止水」の心境になることが望まれる。

なんとしても成功させたいとか成功させたらどうなるか、そんな雑念が湧いてくると、成功しそうなものまで成功しなくなる。あくまでも、「明鏡止水」で対処したい。



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2014年07月13日

≪ 上役は偉そうにするな ≫


聖人の道は、智と巧とを去る。智巧去らざれば以て常と為しがたし。民人これを用うれば、その身殃(わざわい)多く、主上これを用うれば、その国危亡(きぼう)す。  [韓非子]

上の者が、自分を飾るようなことをせず、じっと構えていれば、下の者はありのままの姿を見せるようになる。というのは、上の者の好みや望みがわからず、調子よく合わせようがないからだ。

となると、下の者にとって頼りになるのは、法にもとづく信賞必罰しかない。法にもとづいて、賞と罰がきちんと行われ、上下関係が深い信頼関係によって結ばれているならば、下の者は実情を隠さなくなる。

だから、聖人の道というのは、下手な技巧を弄(ろう)したりはしない。技巧を弄しているうちは、それを常道とすることはできない。下手な技巧というものは、一般の人間が使えば自分自身にわざわいをまねくし、君主が使えば国を滅亡の危機に陥れる。

韓非の根本は法と術。法は公明正大であるほど効果があり、術のほうは秘密であればあるほど威力を発揮する。ここでいう「智と巧」は、韓非の術には含まれない。

自分を偉く見せようとする技巧を言っている。
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2014年07月11日

≪ 絵ときの館 ≫


比婆郡口和町大月正専寺境内にやわらぎ法宝物館 絵ときの館がある。総代会で見学に行った。

絵解きは、江戸時代に入って文字を知らぬ庶民に仏教を伝える布教の手段として、絵図をつくり、説教を交えての、立体的で躍動的な布教のあり方をいいます。

この「絵解きの館」は、浄土教の曼荼羅を中心にして、絵図を展示している。

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2014年07月07日

≪ おか半で食事 ≫


こころ見学の帰り近くのおか半で会食をした。サービス付き高齢者住宅の印象・感想等話し合い和気あいあいの中で食事を美味しくいただき解散した。

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2014年07月05日

≪ サービス付高齢者住宅見学 ≫


先日 本年4月に完成したサービス付き高齢者向け住宅こころの家矢野西へ見学に行ってきた。

住み慣れた地域で、安心して暮らせるように、介護スタッフが24時間365日見守る提携医療健康増進楽しく暮らすがテーマです。

「サービス付き高齢者向け住宅」とは、高齢者単身・夫婦世帯が安心して居住できる賃貸し等の住まいです。高齢者にふさわしいハード(バリアフリー構造・一定の面積、設備)安心できる見守りサービス、ケアの専門家による(安否確認サービス・生活相談サービス)

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お問い合わせ・見学会へのご参加は 090−5691−1312





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2014年07月03日

≪ 礼儀の基本は三つ ≫


およそ人の人たる所以は礼儀なり。礼儀の始めは、容体を正し、顔色をととのえ、辞令を順にするに在り。  [大学・中庸](礼記・冠義)

社会人として世の中に立っていくためには、礼儀の基本ぐらいは、しっかりと身につけておく必要がある。

では、礼儀の基本とはどういうことなのか。「礼記」は次の三つあげる。

1、容体を正す―― 姿勢や態度、歩き方をきちんとすることだ。歪んだ姿勢やだらしない歩き方をしていたのでは、体にもよくないし、まわりに与える印象もよろしくない。また、姿勢や歩き方をきちんとすることによって、内面のあり方を正すというメリットもある。できれば、「姿勢はまっすぐに、歩き方は軽やかに」を心がけたい。

1、顔色を斉える―― へんな顔つきをしないということ。笑うにしても歯をむき出しにした笑い方は避けた方がいいし、悲しむにしてもとり乱すような悲しみ方はしないということ。

1、辞令を順にする―― 言葉づかいに気をつける。挨拶のしかたも知らないし、人にものを頼むさいに頼み方も知らないというのでは、社会人として失格だと言わざるをえない。


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2014年07月01日

≪ 本物の人格者 ≫


婁公(ろうこう)は成徳なり。われ容(い)るるところとなること久し。  [十八史略]

人に何かしてやると、そのことを相手に知らせてやりたいのが普通である。黙っているのはむずかしい。とくに昨今のように、「ギブアンドテーク」の世の中では、相手に知られなければ意味がないということになる。

ところが、唐の則天武后(そくてんぶこう)は残虐な女性として悪評が高いが、一面では、よく人材を登用してその能力を発揮させた。そこで彼女の時代には名臣が輩出しており、皮肉なことに彼女の晩年、クーデターをおこして暴政に終止符をうったのは、その名臣のひとりであった。

それはさておき、狄仁傑(てきじんけつ)という剛直な宰相がいた。かれは、温厚で知られる婁師徳(ろうしとく)とそりがあわず、ことごとに婁師徳を非難した。ところがあるとき、則天武后が狄仁傑にいった。

「私が、そなたを重く用いているのは、婁師徳の推薦があったからなのですよ」狄仁傑は御前を退出してから、思わず感嘆の声をもらしていった。

「婁師徳の人格は本物だ。知らぬまに、ずっとかれの懐に包まれていたとは」人のためになることをするときは、「してやる」という考えを捨て、反対給付も期待せず、自分の喜びか物好きのつもりでやったほうがいい。それならお返しがなくても腹を立てずにすむ。




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