2012年05月20日

≪和歌山ほか≫


きょうは、漢字三文字以上の地名はなぜ少ないか?について

日本には、三文字、四文字の地名が意外に少ない。

都道府県で漢字三文字以上というのは、北海道、神奈川、和歌山、鹿児島の四県だけである。

東京二十三区にしろ、漢字三文字の区は、千代田、世田谷、江戸川の三つだけである。ともに四文字の地名はない。

一文字地名も少なく、市町村名にしても、そのおおよそ80%が、仙台、松江、松山などと漢字二文字の名前になっている。

これには、行政側の都合があったようだ。三文字程度ならともかく、四文字、五文字と地名が長くなると、これを書き写すのもめんどくさい。管理に何かと手間がかかるわけで、漢字二文字の地名が多くなったと考えられる。

その漢字二文字の歴史は古い。八世紀はじめの和銅年間には、地名を二文字にするようにというお達しが朝廷から出ている。

日本では昔から、「地名は短くしなさい」と、お上に行政指導されてきたのだ。
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2012年05月19日

≪ナゲット≫


きょうは、「ナゲット」 チキンナゲットと言うけれどについて

ファストフード店で食事をするとき、ハンバーガーだけではすこし物足りなければ、チキンナゲットを追加注文することがあるだろう。

このチキンナゲットの「ナゲット(nugget)」は、英語で「天然の金属のかたまり」といった意味。

「a nugget of gold」と言えば、「金塊」という意味になる。

ここから、「ナゲット」という言葉には、「貴重なもの」「黄金がかかったブロンズ色のもの」という意味が生まれた。

現在の「チキンナゲット」が誕生したのは、1980年代に入ってからのこと。マクドナルド社の商品開発担当のルネ・アラン氏が、チキンに天ぷら粉をつけて揚げたところ、きれいな黄金色に仕上がったので、

これを「チキンナゲット」と命名したのだった。

これが、世界的に大ヒット。マクドナルド社は、まさに鍋の中から 金塊 を掘りあてた。


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2012年05月17日

≪サラリーマン≫


きょうは、サラリーマンの「サラリー」って何のこと?について

「サラリーマンは気楽な稼業ときたもんだ」といえたのは、今は昔の話である。先の見えない不況の中、リストラ、ボーナスカットは当たり前のこととなり、サラリーマンを取り巻く情勢は年々厳しさを増している。


この「サラリーマン」という言葉、「サラリー(俸給、給料、月給、)をもらう人」という意味だが、さらに「サラリー」という言葉の語源をたどっていくと、ラテン語で「塩」を意味する「サール(sal)」に行きあたる。


古代ローマ帝国では、兵士たちの給料を塩で支払っていた。この給料として支給される塩のことを、兵士たちは「サラリウム(salarium)」と呼んだ。そこから、現在の「サラリー(俸給)」という意味が派生した。

「たかが塩」と現代人は考えるが、古代ローマ時代は、塩は貴重品だったのだ。


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2012年05月16日

≪いびつ≫


きょうは、ご飯を入れる飯堰(いひびつ))がルーツのいびつについて

頭の形は、人によってかなり違うものだ。きれいな円形の人もいれば、後頭部が絶壁の人や、表面がデコボコしている人もいる。

形の悪い頭のことを、「いびつな頭」というが、いったいこの「いびつ」とは何のことだろうか?

「いびつ」は、もともと炊いたご飯をいれておくためのおひつのことで、漢字で書くと「飯櫃」となる。

そもそもは「いひびつ」と読んだのだが、しだいに省略されて「いびつ」となった。

そして、この昔の人が使っていた飯櫃は、きれいな円形でなく、楕円形のものが多かった。そこから、「形が整わず、ゆがんでいる」という「いびつ」の意味が生まれてきた。

「お前の頭はいびつだな」と友人にからかわれている人は、そんなことを言う相手に対して「お前の性格のほうが、よほどいびつだよ」と言い返してやろう。

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2012年05月14日

≪まだら≫


きょうは、もとは曼荼羅のことだったという「まだら」について

北海道の牧場で放牧されているウシには、白と黒のまだら模様のものが多い。

いっぽう、アフリカなどにいる野生のウシはほとんどが単色であり、まだらのものはめったにいないという。

どうしてだろうか?

これは、北海道のウシは、家畜用として品種改良が進められてきたためである。その結果、さまざまな系統のウシの血が混ざり合って、野生では例を見ないまだら模様になったのである。

この「まだら」語源をさかのぼると、仏教用語の「曼荼羅」にまでたどりつく。「曼荼羅」は仏教の世界を描いた一種の仏教画であり、さまざまな色を使って描かれる。

そこから、現在使用されているような「まだら」の意味が生まれた。

しかし、「曼荼羅」をよく見ると、左右対称の精密な構図の中、ひじょうに細密な図が描かれている。
そういった意味では、「曼荼羅」は「まだら」とはいえないのではないか。

色々な「曼陀羅」

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2012年05月13日

≪嘘をつけ≫


きょうは、「嘘をつけ」が、どうして嘘をつくなという意味になるの?について

警察の取調室で、容疑者に刑事が詰め寄っている。


犯行を否認する容疑者に、刑事は「嘘をつけ!証拠は挙がっているんだ」と怒鳴りつける ――――しかし、この「嘘をつけ」という言葉、少し変ではないだろうか。

容疑者の嘘をあばくために怒鳴っているのに、どうして「嘘をつけ」と命令形でいうのだろうか?


この「嘘をつけ」は、「見えすいた嘘をつくなら、いくらでも嘘をつけばいい」というような言葉が短くなったもの。

要するに、「お前の嘘はわかっているよ」といった意味の言葉なのです。だから、刑事相手に「嘘をつけと言われましたので、嘘をつきました」と弁解しても、むろん通用しない。

「嘘つきは泥棒のはじまりというからな」と言い返されるのがオチだろう。




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2012年05月12日

≪なあなあ≫


きょうは、歌舞伎と深い関係があるという「なあなあ」について

アメリカは、日本人には想像できないくらいの訴訟社会である。ちょっとした問題でも、すぐに裁判に持ち込むのがアメリカ人だ。

日本社会では、何か問題が起きたときでも「なあなあ」で済ましてきたが、これからはグローバルスタンダードとやらの影響もあって、訴訟社会化する可能性がありそうである。

「なあなあ」とは、厳しく追及しないで事を処理するとか、妥協して安易に済ませるといった意味で使われ、もともとは歌舞伎のセリフに由来する言葉。

歌舞伎には、役者が「なあ」と呼びかけたあと、何も言わないで、顔の表情だけで相手に気持ちを伝えるという場面がある。

片方が「なあ」と呼びかけると、相手も「なあ」といって、表情だけで返事を返す。そうやって、お互いの無言の気持ちをおもんぱかるという見せ場だが、そこから「言葉に出さないですませる」「はっきりさせないですませる」という意味が生じるようになった

いわば、「なあなあ」はもっとも日本的なコミュニケーション法であり、解決手段といえる。

しかし、これからの日本人はなあなあ主義ではなく、言葉を尽くして説明責任を果たすことが求められているようである。


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2012年05月10日

≪へなちょこ≫


きょうは、意外と深い由来があった「へなちょこ」について

時代劇の中で、江戸の町人が相手に対して「このへなちょこ野郎」などと、相手をののしる場面がある。

「へなちょこ」とは、未熟なものやとるにたりないものをののしる言葉だが、なぜこういうのだろうか?

話は、明治時代にさかのぼる。当時の新聞記者たちは、神田明神内の料亭開花亭でよく宴会を開いていたのだが、そのときにちょっとトラブルが起きた。

卓上に徳利と猪口が並べられていたのだが、その猪口は黒土でできている楽焼だった。そして、新聞記者たちがその猪口に酒を注ぐと、なんとぶくぶくと音を立てて猪口が酒を吸ってしまったのである。

「へなちょこ」の「へな」とは、「黒色の粘土」のことであり、つまり「へなちょこ」とは、黒土でできた猪口のことだったのだ。

そこで、そんなお粗末な猪口は使えないというわけで、新聞記者の仲間内で「へなちょこ」とは、つまらないものをさす隠語として使われるようになり、それがしだいに一般に広まったという。

つまり、この言葉は江戸時代にはまだ存在しなかったわけで、時代劇中で使われるのは、ちょっとおかしな話になる。
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2012年05月09日

≪ため口≫


きょうは、「ため口」のためって一体何のこと?について

最近は、きちんとした敬語を使えない人がますます増えている。ふだん使い慣れていないので、仕事中でもつい乱暴な言葉が出てしまうらしい。

飲食店でも、客に向かって平気で「ため口」で、注文をとるようなウエーターまで登場している。

「ため口」は、同年代の友人に使うような口のきき方という意味。最近の言葉のように思えるが、語源は江戸時代にまでさかのぼる。

当時の大阪では、使い走りをしてきた子供や丁稚どんに渡すお駄賃のことを、「ため」と呼んでいた。

そこから転じて、「ため」には「目下の者」という意味が生まれた。そういう相手と話す口のきき方が、「ため口」だったわけ。

現在のような、「同年代の友人」という使われ方が目立つようになったのは、1980年代に入ってからのことである。
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2012年05月08日

≪おこがましい≫


きょうは、中国の地名と猿楽がルーツである「おこがましい」について

日本人の多くは、自分の能力を他人にひけらかすのは、みっともないことと考えている。場合によって、自分から長所にふれるときには「自分でいうのもおこがましいですが」と前置きするのが、言葉のマナーになっている。

「おこがましい」は、「ずうずうしい」に近い意味の言葉。漢字で書くと「鳥滸(おこ)がましい」となる。

この「鳥滸」とは、昔中国にあった地名のこと。「鳥滸」という地方は、物真似芸や話芸を主体とする、「猿楽」で有名な土地だったらしいが、「鳥滸」の猿楽は、ほかの地方の猿楽と比べて、少々説明がくどかったといわれている。


むろん、説明がくどいと芸としては無粋になって、面白味が半減してしまう。それゆえ「鳥滸」の猿楽は、一般のお客たちには、あまり受けがよくなかったようだ。

そこから、「鳥滸がましい」という言葉が生まれ、現在のようなよくない意味になった。

たしかに、自己紹介する時でも、あまり自分についての説明がくどいと、おこがましく感じるものだ。
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2012年05月07日

≪やばい≫


きょうは、「やばい」 最近の若者言葉か と思いきや・・・について

「やばい」とは、何か危険を察知したり、悪事を見つかりそうになったときに使う言葉だ。

近年、若者言葉として頻繁に使われているようだが、この言葉が生まれたのは戦前のことである。

戦前、刑務所で服役している囚人たちは、看守のことを隠語で「やば」と呼んでいた。

規則違反を看守に見つかりそうになった時など、「やば、やば」と言い合って、囚人どうしで看守の存在を教え合っていたという。 これが「やばい」のルーツである。


しかし、この「やばい」という言葉、最近の若者は、「すごくいい(しようげきをうけるほどすごい)」という意味でも使っているようだ。


日本語の乱れも、ここまで来ると本当に やばい !

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2012年05月05日

≪しかと≫


きょうは、博打の世界に由来する言葉「しかと」について


最近のイジメは、ますます陰湿化しているようだ。教師の監視の目を逃れるために、クラス全体で、ある特定の生徒を無視し続け、精神的に追い込むようなイジメが多くなっている。


特定の対象を無視することを、子供たちは「しかとする」というが、この言葉はもともと、賭博の世界に由来する。


花札には、季節の花々が描かれている。その花札の鹿は、少し意地悪そうな顔つきをして、そっぽを向き、知らん顔をしているようにも見える。


ここから「鹿頭(しかと)」という言葉が生まれたという。もしイジメを発見したら、”しかと“ 証拠を つかみ、対策を講じたいもの。


念のためだが、この場合の”しかと“は「しっかりと」が略されたものである。







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2012年05月04日

≪もんどり打つ≫


きょうは、もんどり打つ の「もんどり」ってどういう意味? について

「弁慶の泣き所」とは、向こうずねのこと。

源義経につかえた弁慶ほどの豪傑でも、皮膚の薄い向こうずねを打たれたり蹴られたりすると、痛がって泣くというところから生まれた言葉である。

事実、大の男でも、向こうずねを蹴り上げられると、思わずもんどり打って倒れてしまう。それくらいの急所なのだ。

さて、本題の「もんどり打つ」。この「もんどり」とは、どういう意味なのだろうか?

「もんどり」とは、「身を逆さにする」とか「翻る(ひるがえ)」といった意味の「もどり」という言葉がなまったもの。

要するに、「もんどり打つ」とは、真っ逆さまにひっくり返って、地面に体を打ちつけてしまうという意味になる。

向こうずねををしたたかに打たれた弁慶の巨体が宙に浮いて、ひっくり返るところを想像すると、もんどり打つイメージがつかめるのではないだろうか。
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2012年05月03日

≪ガタがくる≫


きょうは、「ガタ」は何を表しているか?について

病院に行って定期検診を受けると、「相当、体にガタがきているようだね」といわれることがある。

機械などが古くなって調子が悪くなるときにも、「ガタがくる」という。


この「ガタ」の語源は、仏教の世界に由来する。古い仏典に「我他彼此(がたひし)」という言葉があるが、これは、「我」と「他」、「彼」と「批」が対立して、いさかいが絶えないという意味。


そこから、「調和せずに、ものがこわれかかっている」様子を「我他」というようになった。

むろん、「がたぴしする」「がたがたする」という言葉の語源も、ここにある。
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2012年05月02日

≪ざっくばらん≫


きょうは、無精な人の髪形から生まれた言葉「ざっくばらん」について

社内会議の冒頭で、社長が「今日は皆さんの思っていることを、ざっくばらんに話していただきたい」と挨拶したりする。

「ざっくばらん」とは、説明するまでもないが、「遠慮しないで」とか「心中をさらけ出して」といった意味の言葉だ。

この言葉の語源は、江戸時代の「ざっくばらり」という言葉。

江戸時代にも無精な人はいたようで、髪の毛の手入れを怠って、きちんとヒモで結わずに、生えるにまかせている人がいた。

すると髪の毛が頭上でザックリと分れ、バラリと横に垂れ下がってしまう。そういう人に対して、「ざっくばらり」といって、江戸の人たちはからかったのである。

そこから、「体裁をつくろわない」「身構えない」という、今日のような意味が生まれてきたのである。

「本田宗一郎」の書いた「ざっくばらん」


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